Muumimuseo
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トーベ・ヤンソン

トーベ・ヤンソンは1914年8月9日にヘルシンキで生まれました。彫刻家ヴィクトル・ヤンソンと挿絵家のシグネ・ハンマルステン・ヤンソンの長子で、その後二人の男の子たちペールウロフ(1920年生まれ)とラルス(1926年生まれ)が続きます。トーベ・ヤンソンは子供の頃から文章を書いたり絵を描いたりすることに興味を示していました。ムーミントロールを思わせる姿の絵は、すでに10代の頃に描いており、家族揃って夏を過ごしたペッリンゲの家の離れの厠の壁に、弟と喧嘩をしたのがきっかで描いたものだと言います。それが我らがムーミンの最初の絵だったのではと考えられています。

ヤンソンは若い頃からとにかく画家になりたいと考えていました。若くしてストックホルムに始まりヘルシンキで美術を学び、のちにパリにも留学しています。1930年代になると文化政治雑誌『ガルム』でイラストを手がけるようになります。ムーミントロールを思わせるキャラクターが現れたのは戦時下でのこと。トーベ・ヤンソンの署名的なキャラクターとして雑誌に登場しました。

冬戦争が始まり、絵画制作はきつくなってきました。ヤンソンは戦争の不安から逃れる場所を求め、自分でお伽話の世界を作ったのでした。そこは緑あふれる谷でムーミンや仲間たちが幸せに、そして平和に暮らしているのです。ムーミン童話第一弾『小さなトロールと大きな洪水』は1945年に出版されました。ムーミン本は最終的に13冊完成しました。最後の一冊はトーベ・ヤンソンが弟ペールウロフ・ヤンソンと一緒に作った写真絵本です。

トーベ・ヤンソンは挿絵と文章だけでなく、画家で風刺画家でコミックス作家でもありました。ムーミン本の他にも小説や短編を執筆しています。さらに後世に残る絵画作品を手がけたり、他の作家の本の挿絵を担当したりもしています。1950年代にはムーミン本に合わせてムーミンを題材にした壁画や絵本やコミックスが誕生します。コミックスはムーミン本の絵のスタイルに、よりはっきりとしたシンプルなものにするなど影響を与えています。

トーベ・ヤンソンのアトリエはヘルシンキのウッランリンナ地区にあります。そこで製作し、冬はここで暮らしました。ヤンソンはムーミン本に関してはまず文章を、そのあと挿絵を描いてレイアウトまで、本づくりの工程すべてを一人で手がけています。

海はヤンソンにとっていつだって大切でした。子供の頃からポルヴォー郊外のペッリンゲの群島にて、家族で夏を過ごしました。のちにヤンソンはパートナーでグラフィックアーティストのトゥーリッキ・ピエティラ(1917-2009)と一緒にクルーヴハル島で30の夏を過ごします。

トゥーリッキ・ピエティラはフィンランドのグラフィックアート界の先入観のない開拓者であり指導者でした。また学生時代には彫刻も勉強しています。これがのちに立体模型につながります。トーベ・ヤンソンと一緒にムーミンたちの立体模型を制作するようになるのです。この制作には他に二人の友達で医師のペンッティ・エイストラしばしば加わりました。

最後のムーミン童話『ムーミン谷の十一月』は1970年に完成しました。トーベ・ヤンソンが亡くなったのはそれから30年後の2001年のこと。トーベ・ヤンソンは世界中で愛されるムーミンの作者として世界中で知られています。ムーミン本はすでに50以上の言語に翻訳されています。